こういう流れだったと思います

今日はデザイナーとしての個人的な話を書きます。

長くなりますのでわたし自身に興味なければスルーしてくださいね。

元々はアパレルデザイナーでした。

アパレルの企画室にデザイナーとして就職してから

早いもので、すでに40年。自分でも驚きます。

25歳でフリーランスになり

数々のアパレルの契約デザイナーとして経験を積み

35歳の時にアパレルの企画会社を立ち上げ

着物リメイクは40歳から始めました。もう20年経つんですねー。

これらのすべての経験が今の自分を作っています。

アパレルデザイナーだった当時はもちろん

企画会社をしてた時も、まさか着物リメイクデザイナー一本でやっていくなんて、想像もしてませんでした。

企画会社が立ち上げから順調で

趣味で始めた着物リメイク。

趣味のはずが南青山にお店を持ちました。

ここまでは流れに乗って自然そうなった、みたいな感じです。

大震災の年まで10年、南青山でお店をやっていました。

大震災後、外資が多い南青山の街が死んだようになり、

ここにいたくない!

ここからは自然の流れではなく、自分で切り開く!みたいな感じになります。

目黒にマンション借りてクローズドの予約制サロンにしました。

もちろん不安いっぱい!

看板も出せず、ほんとにひっそりと始めましたが

ありがたいことにオーダーをたくさんいただき

それなりに毎日たくさん仕事させていただけました。

4年が経ち、

またお店を出そうよ!

ブランディングしなきゃダメだよ!

という仲間ができて

ブランドもmomoからmorie- tokyo へ。

この変化は自分には

背骨がもう1本できたような、

名前が変わるだけで、ビシっとなりました。

その当時お世話になった方々には

ほんとに感謝します。

そして南青山にお店を出しました、が

お店始めてすぐに

なんか違う…

応援してくださった方には申し訳ないと思いましたが

1年で退店して、今の五反田でのクローズドサロンに至りました。

退店したのは2017年の3月末ですが

その2週間くらい前に、三越さんのバイヤーさんが突然来店され

商品チェックやヒヤリングなどがあり

たくさん打ち合わせの末

8月に三越さんで初めてのポップアップショップをさせていただき

今年に入ってすでに三回、

また来月にも11日〜24日、三越さんでやらせていただきます。

もし、南青山のお店してたら

三越さんにはこんなに出られない。

だれかスタッフに任せられるポップアップではなく

自分がお客様のお話を承らないとオーダーいただけないので

お店持っていたら到底できないことです。

三越さんでやらせてもらえることありがたいことです。

こういう流れになってたんだなぁと思います。

9月には

憧れの有松絞りの竹田嘉兵衞商店でもやらせていただけます。

着物生地に触れてから

有松絞りと大島紬にものすごく心酔してました。

その、有松絞りに20年で、ようやく辿り着きました。